「書」を習いたい方!

先月、鑑定中にお客様から
「先生、書の教室いつ開くんですか?」
と質問を受けました。
「再来年の予定です」と伝えたところ、
「なるべく早めにお願いできたら…待ってます!」
と、とてもありがたいお言葉をいただきました。

に相談したところ、
「待ってくださっている方がいるなら、始めたら?」

・・・ということで、

当初の予定よりだいぶ早まりましたが
来年 2019年 1月 から、書の教室「麗舟会」始めます。

こちらのこだわりポイントは、
手本そっくりそのままキレイに書くところで終わらず、
最終的に自分なりの切り口で書けることを目標としている点♪

開始まで少し時間があるので、
それまで指導のための勉強と手本の書き方の勉強、あと…
自宅を教室にするのでその準備と(コレが一番大変かも。笑)
この辺りをシッカリとこなしていこうと思います。

今のところ、
月曜・水曜の日中しかスケジュールの用意ができませんが
なるべく鑑定のない土曜も書の教室にあてるようにして
お勤めの方にもお越しいただけるようにしたいです。

まずは、
私と直接知り合いの方、鑑定を受けてくださった方で
女性を対象に始めます。
日頃仲良くしてくださっている男性のお友達もぜひ^^
そこから広がっていけたら幸いです。

稽古:月に1度 1時間程度
月謝:5,000円
場所:さいたま市(最寄駅より徒歩12分)

来年のことなので
現段階では以上の情報しかお伝えできませんが、
詳細決まり次第HPにも載せようと思います。

もしご興味ある方がいらっしゃったら
reishu.takama@gmail.com

こちらまでお問合せください。

よろしくお願いします。
高天麗舟


泰煌書

横に長く走る知能線の子供

「ゆるしてください おねがいします」
虐待で亡くなった五歳の女の子が
両親に許しを請う言葉を残していたというニュース。

親に傷つけられるたびに
どれだけのショックを受けていたことか…

想像することも難しいですが、
一層、その両親に腹を立ててしまうのが
冒頭の「ゆるしてください おねがいします」の言葉です。

手を広げた女の子の写真がネットニュースに出ていたので
もしかしたら…と手相を確認してみると
非常に長く横に走る知能線と直線的で短めの感情線が
ハッキリと写っていました。

横に長く走る知能線は、
目の前の問題から目を反らすことなく
正面から解決へとシッカリ向き合うことを表してます。
地に足の着いた考えをし、
相手にも納得のいく答えを求めます。

まっすぐで短めの感情線は、冷静沈着。
子どもだから泣いたり怒ったりするのは当たり前ですが
その一方では
自分の状況を俯瞰するかのように見ていたかもしれません。

線からの情報もそうですが、
手の形や指のつき方からみても
非常に理解力の高いお子さんだったように感じます。

だから余計に
なぜ自分がこんな目に遭っているのか?
納得がいかず、辛かっただろう…と。
そして、この女の子なりに一生懸命に理由を考えて
自分の何が悪くてこうなってしまっているのか分析し、
あの文章になったのだろう…と
想像しては悔しく感じてしまいます。

もし、自分のお子さんがこういうタイプの知能線だったら
小さな疑問でも理論整然と答えることが大切です。
このタイプは、答えを曖昧にされることを非常に嫌います。

親としては少々面倒に感じるかもしれませんが、
ひとつのことを突き詰めて考えるタイプなので
興味あるジャンルの図鑑や本を与えたり、
辞書やネットで一緒に調べたりするなど、
答えを導く手助けをしてあげると伸びていきます。

と、エラそうに書きましたが
母親業は本当に修行ですよ。しみじみ。

前回あれだけ反省したのに、また同じところで怒ってしまう。
あ~、あたしゃダメな母親だ…と思うけど
子どもは毎回必ず許してくれる。

結局、母親の方が
子どもに甘やかされて育ててもらっているのかもしれません。

子どもはどんな時でも深く親を愛してくれている。
それを裏切らない親でありたいものです。
反省。

 

高天麗舟

 

タロット講座を受講しました!

6/16(土)、朝日カルチャーセンター立川教室で
たった一日でマスターする かんたんタロット占い
を受講してきました。

講師は四柱推命の師でもある 浅野太志先生 です。

私がこの講座を受講しようと思った理由は
・中学時代からタロットは独学&我流で占っていたので
一度しっかり勉強したかった。
・講座手順など、秋から自分が開催する手相講座の参考のため。
・西洋手相術を使っているので、他の西洋占術から西洋の基本的な考え方を知りたかった。
と、主にこんな感じです。

目的があると受講意欲が激しく増すもので
本当に実りある講座でした。

まず、テキストのボリューム。
「たった一日でマスターする」というライトなイメージを
見事に払拭するもので…かといって重すぎるわけでもなく
重要なポイントが簡潔に書かれているため、復習もしやすく
とてもわかりやすいテキストでした。

講座の進め方も内容も、
易に易経があるように、タロットはこうなのか~。とか
こういうことを初めに伝えておくと良いのか~。など
「あ~なるほど~♪」と思う点がいくつもあって
自分が講座を開く上でとても参考になりました。

また、専門書でも読まないと載っていないような
深い内容も教わることができ、
こういう点が講座の醍醐味なのだろうと
これまた自分の講座の参考になりました。

後半は受講者全員、それぞれタロットを実践。
そして全員分の解説を浅野先生がしてくださいました。

↓↓私のカードがコレ

何を占ったのかというと
「手相講座のテキストをつくるにあたり、
今後どういった点に気をつければ良いのか?」

なかなか良いカードが登場してくれました。
が、隠者の逆位置など
最近テキストを作成するにあたり感じていた疑問など
思い当たるフシがあり、その答えをいただけたようです。

具体的には「もっと自分を信じなさいよ♪」でしょうか。
うっすら感じていた「もっとこうしてもいいのかな」について
「そうだ、そこに耳を傾けろ!よくある手相講座になるな!」
と活を入れられた感じです。

ということで、
常識に囚われず、自分の主観や経験をより盛り込んで
今後はテキスト作りをしていこう!と気合が入りました。

ここでお知らせです。
9月から開催の「実践のための手相講座」、
募集10名に対して6名のお申込みをいただいております。
手相を真面目に勉強したい方、
引き続きお待ちしております!!

高天麗舟

 

たわいもない話

高天麗舟 Reishu Takama
という仕事用フェイスブックページを管理している私です。

わざわざ仕事用のページを作らなくても
フェイスブックのアカウントだけでいいじゃないか
と自分でも思うことはあるですが、

自分のアカウントには子供の写真も時々載せているため
友達申請を受けられないこともあり、
仕事用のページをつくりました。

まったく無名の私ですが、優しい友人やお客様が
「いいね!」を押してくださいまして、
日々いろいろと支えられている状況です。
みなさま、本当にありがとうございます。

しかし、仕事用のページであるのにもかかわらず
「いいね」をもらうための根回しや努力というのはしておらず、
(書と鑑定はしっかりやってます)

実は、
商売っ気ない状態のまま、「いいね」の数がどう変化するのか?
非常に興味ありまして、そこを見ているのが楽しい…
というのが正直なところなんです。

時々減りますが、(笑)
そこも含めて興味深いです。
(もちろん増えた方が嬉しいです。)

この「いいね」の数、
ココ数ヶ月の間、増えたり減ったりしながら
結果的にずーっと61という数字をキープしていたのですが
「どうせなら66って数字がいいな」と密かに思っていたんです。

そしたら少し前のある日、どういうわけか
ペルー、アルゼンチン、カンボジア、たぶん中国、そして日本
というバラバラの国の方々が同じ日に「いいね」してくださり
61⇒66に一気にジャンプアップし(笑)、
「あれ?本当に66になったじゃん!」と非常に驚かされました。

私の鑑定を受けたわけでもないでしょうし、
私のInstagramを見てくださったのかもわからないのですが、
もし、どこかで私のfacebookページを紹介してくださった方が
いらっしゃるのでしたら、とにかく御礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。

なんですが。
5か国から同時多発的に「いいね」されてビックリした私は
「こんなのありえないって!どうせすぐ誰か取り消すんだろう」
と疑ったんです。

そしたらその翌日あたりに65になりまして。(笑)
「ほ~ら、やっぱり」と思ったのも束の間、
「あれ?もしかしたら私が疑ったからその通りになったのか?」
と再び “まさか” の現象。

「あ~、せっかくだから、
有り難く頂戴しておけばよかった、私…」
と悔やむこと一日。

するとその三日後。
また66に戻っていました。

願えば叶うとか思えば叶うとかありますが
(こんな規模の小さい話じゃないだろうけど。笑)
本当にそれを見せつけられたのような出来事でした。

なんかよくわからないんですけど
とにかく不思議で有り難い出来事でした。

自分の希望を自分で打ち消しちゃ~イカンですね。
希望を持って望みを持つって大事なんだなぁ~と思いました。

フォロワー数万という人にとってはゴミのような話ですが(笑)
それでもこういうのって面白いです。

 

高天麗舟

人間関係も自然淘汰

みずからの運を上げる方法として
「運の良い人とつきあう」
というのがあります。

九死に一生を得た経験のある人、最近宝くじが当たった人、
出世してる人、事業が成功している人…

いろいろな「運が良い」がありますが、
そもそも、何をもって「運が良い」とみなすのか?
その判断基準にその人の運がすでに表れているものです。

財産や名誉など目に見えるものばかりに気を取られる、
結果ばかりに目が向き過程を無視する、
なんて人は運が良くなるセンスなし。(笑)

素直に「人」をみる目がなければそれまでです。

波動か何なのかはわかりませんが、
実際、運の良い人の周りには運の良い人しかいられなくて

「運の良い人の心根」を理解できない人が
運の良い人たちと行動を共にしても

トントンと進む運(運び)の良さに
「こんなに上手くいくなんて、なんかアヤシイ…」
「こんな負荷がない状況って、逆に不安…」
などと、持たなくてもいい疑問を持ち
この運の良さに適応することができません。

そして結局、
居心地悪くなってみずから去っていくのです。

しかし、自分の身の丈を自覚して、
素直に人をみて付き合っていく人は違います。
やっぱり運は上がります。

運を上げるにも「人をみる確かな目」が必要で
まずは自分で人の心根を感じる素直さを養うことが
大切になってくるのでしょう。

 

高天麗舟

 

姓名判断、陰陽と画数について

俗に「姓名判断」というと画数を重要視するようですが
泰煌式生命法では、
①陰陽バランス ②音の五行 ③画数
の順で重要視していきます。

この他に「姓名意義」というものもあり、
与えられた名字(上の句)に対して
一篇の詩になるよう名前(下の句)をつけることで
その人の心に「まとまり」ができると考えます。

妙な印象を与える姓名や意味不明な姓名意義は、
その人の心に奇妙な精神を生じさせる…ということで
名づけにはセンスが必要です。

音の五行」というのは、
音の五行属性(木火土金水)からその人の気質をみるもので
姓名の中に三種類あればバランスが良いと観ます。
五行が一種類のみなど余程偏っていれば支障は出てきますが、
音自体に吉凶はありません。

露骨に吉凶が出てしまうのはココからです。

陰陽バランス」というのは、すべての漢字を正字体にし
一字ずつ画数を「奇数:陽、偶数:陰」として割り出し
その陰と陽の並びから観ていくもので
「自然象形(吉)」/「不自然象形(凶)」に分かれます。

ちなみに不自然象形は以下の5種類。
・大挟み象形  (被害妄想が激しいタイプ)
・まきなおし象形(竜頭蛇尾になりやすいタイプ)
・片別れ象形  (極端なタイプ)
・別れ分かれ象形(融和性のないタイプ)
・しばり象形  (過去に囚われ心が縛られやすいタイプ)

最後に「画数」ですが、
重要視する順位が3番目だからといって
軽く扱うわけではありません。とても大切です。

画数」は数字により吉凶が厳しく分かれるのですが、
陰陽バランスにより画数の吉凶が変わる場合もあります。
また比較的、奇数に吉が多く、偶数に凶が多いのも特徴です。

ナゼかというと
偶数は、二つに分けられバランスがとれるので安定します。
安定なんてイイじゃない♪と思ってしまうところですが、
安定=動きが止まる⇒発展ナシ
と姓名判断の画数ではみていくからです。

そこで
陰陽バランスと画数、それぞれがどう運勢に作用するのか?
それぞれの守備範囲をハッキリ分けるのは難しいのですが、

陰陽バランスは、主に心のクセとして表れます。
例えば困難な状況に陥った時、
「自然象形」の場合は、その経験を糧にし
その後の人生を前向きに生きていきやすいのですが、
「不自然象形」では、その困難な経験を昇華させるのが難しく
過去を足かせにしてしまいがちに。

(どのように足かせにしてしまうのか?は
不自然象形の種類によって違ってきます)

画数は、主に物質的な運の開き方だったり、
日常的に気をつけなければならない点に表れやすいです。

ということで…

陰陽バランスが良くても、画数が悪ければ
つまらない失敗でみずから運を傾ける恐れがあり、
(たとえ画数が良かったとしても、
画数が持つ個性の悪い面には気をつけなければなりません)

また画数が良くても、陰陽バランスが悪い場合には
つまらないことにいつまでもこだわったり
人によっては簡単に諦めたりして
次のチャンスを有効に活かせなくなる恐れがあります。

姓名を掘り下げることで
心のクセや陥りやすいポイント、自分の運を傾けている要因が
見えてくるかもしれません。

名前の持つ力は本当に不思議です。

以下のページも参考にどうぞ
・浅野太志先生HP 姓名判断
・高天麗舟HP 姓名判断

高天麗舟


書・野尻泰煌

 

考察、一白水星方位

2015年7月、北西へ吉方位旅行へ行った私です。
その様子はコチラから
↓↓
北西、吉方位の旅。1
北西、吉方位の旅。2
北西、吉方位の旅。3

シリーズ三部作(笑)の最後の方で
さて、今後、どのように方位効果があらわれるのでしょう~!?
と書きました。

あの旅行から約3年が経ちますが、
「一白水星」の方位効果に関してだけは、
疑問が残ってしまいました。

この2015年の旅行だけでなく、
過去に私自身が用いた一白水星の吉方位旅行の結果、
また同じく一白水星をとった同業者のその後の様子からみても
すんなり「吉方位」とは呼べない出来事に遭うケースがあり…

どういうことかというと、旅行後一年間の間に
肉体・精神において一度「落ちた状況」に陥るのです。

しかし、全員が必ず落ちる訳ではなく、
落ちずに順調に開運していくケースももちろんあるので
その判断は難しいところです。

ですのでこの数年は、
一白の方位はあまり積極的にはオススメしていません。

そもそも一白水星の象意は、
易の八卦で「坎(カン)」にあたる方位。

「坎」の主な象意は、
水・悩み・異性/酒/博打に溺れている人・色情・病人・
腎臓・肛門・生殖器・地下…

ということで、易の四大難卦には
水雷屯・坎為水・水山蹇・沢水困
と「坎(水)」が入ったものばかり。

気学では、この一白水星の方位作用を「陥入(カンニュウ)」とよび
旅行(引っ越し)後、一年くらいは
「金銭」「健康」「人間・男女関係」で悩む期間
という位置づけで避けている方も多いようです。

私の場合、確かに一白水星の入った北西の吉方位旅行後、
一年以内の間に象意通り
実力者らしき人との繋がりはできたのですが、
単純に良い縁とは言えず
有り難いけど厄介な面もある繋がりで捌くのに疲れました。

水面下、盲目、悩みからの解放、人間(男女)関係改善…などの
一白水星の象意や、自分の経験、
さらに自分で見聞きした情報から辿り着いた結論は、

一白水星の方位を使うと、

いくら自分の望みがあっても、その人の根本に欲があったり、
意識下に潜む盲点・弱点・ネックなどがある場合には、
それと真摯に対峙しなければならない出来事が起こりやすい。
(かなり厳しいケース多し)

そして「オマエは今のままで良いのか?」と
考えざるを得ない状況に追い込まれる。

そこで自分の弱さに気づき、
甘さや誘惑を断ち切ることができれば結果的に好転する。
(ここからやっと吉方位効果)

上手く一白水星の効果を使うには、
起こった出来事の裏の仕組みを読み解く力が必要なのでしょう。

「坎」は春を待つために耐え忍ぶ時。
一から出発するためにも「一白水星」の方位は、
いつまでも目を反らしていたい…
でもこのままでは済まされない…といった
表には出にくい、弱く汚い本当の自分に気づかせる作用を持ち、

それと向き合い、
根本から自分を立て直すことに成功した人から
効果を得られる方位なのかもしれません。

 

高天麗舟

 

 

手相講座の受講対象者について

先日このブログで
【実践のための手相講座】受講者募集!
とお伝え致しまして、
現在4名の方からご希望いただいております。
ありがとうございます。

また、下記のような問合せもいくつかありました。
「その手相講座というのは、
プロを目指している方を対象とした講座でしょうか?」
「自分の手を観るための人が受けても良いのでしょうか?」

プロ手相家養成というと10万円を超える講座が多いのですが
私の場合は受講料がビミョ~な金額なせいか
受講対象者が見えづらいようでした。

ということで、今回の【実践のための手相講座】の対象者。
あえて言うなら…

真面目に手相を勉強したい人

となります。

今朝、娘の手相を信号待ちの時間に観ていたのですが
新たな開運線が現れておりまして、気分上がりました。

こんな具合に
「子どもの手相を観て早く才能を見つけたい!」
でもいいですし、もちろん、
「手相を仕事にしたい!」
という方も歓迎ですし、
「飲み会で人気者になりたい!」
でも充分な理由です。

先日も書きましたが、
手相を通して良い・悪いを超えた、その人本来の特性に目を向け
今後の人生にプラスとなる鑑定ができることを目標
とした講座なので

趣味で観るにしても
観られた方(自分の手相をみる場合は自分の)の
今後に役立つ見方を勉強していきます。

これでお金を得られるか?というのは、また別の問題で
お金を得ようが得まいが、

プロ意識で鑑定し、思いやりを忘れず、
覚悟を決めて自分の言葉で伝えることができれば
充分立派な仕事だと私は思っています。

私の場合は、
はじめ、鑑定のお礼に友人がランチを御馳走してくれて
そこから「鑑定料払うから観て!いくら??」となり、
だったら私の方で鑑定料設定した方が良さそうだなぁ~
ということで料金いただけるようになっていきました。

お金は喜んでいただけた結果と私は捉えているので
よって儲け方はわかりません。
私の手相にそれなりの金運の線はありますが、
それでもわかりません。悪しからず。(笑)

とにかく
覚悟して自分の言葉で相手に伝えられるか?
だけが
「占いを仕事にする人」「占いを趣味にする人」
の違いと思っています。

だから、プロ手相家目標でも趣味目標でも
どちらでも歓迎です♪

 

高天麗舟


アートテラー・とに~さんとのトークショー

制約と個性

今から10年ほど前のことでしょうか、
2~3年の期間だったかもしれませんが
本好きが集まる某団体に所属していました。

今でもそこで知り合ったゴク一部の方とは親交があり、
面白い出会いの場をいただいたなぁ~と不思議に
また有り難くも感じています。

その団体に所属した当初は、独特な雰囲気が珍しく
面白おかしく関われていたのですが、時間が経つとともに
「私そのもの」が「その団体の主だった意識」に対して
違和と窮屈さを感じるようになり、乖離が生じました。

誰が悪いということではなく、
この「違和」と「窮屈さ」を感じる感性こそが私であり
私の個性なのだと、その時自分を再認識することができました。

書の話になりますが、
書には王羲之欧陽詢などの伝統の型がありまして、
これを徹底的に身体に落とし込む練習は避けられません。

この伝統の型がないまま書いてしまうと、
巷にあふれるイメージのみの
マスターベーション作品で止まってしまうから大変です。

身体に落とし込むとは具体的には

その人個人の価値観・美意識・観念などの一切を取り除き
まずは対象(伝統の型)そのままを純粋に見ること。
そして、その人個人の手の動きや身体の動きのクセを矯正し
伝統の型に限りなく似せてひたすら書いていく。

という練習。
(少なくても10年は必要です)

何のためにやるのかと言えば、もちろん上達のためなのですが
伝統の型を身体に落とし込むためには
まずは自意識を洗い流す作業が必要なのです。

がおっしゃるには、

伝統の型に似せて似せて似せてひたすら書いていっても
どうしても似せられないところが出てくるんだよ。
その残ったところがその人の個性なの。
近頃の人はとかく“自分探し”なんて言って
個性を見つけようとするけれど、個性なんて
自分でみつけようとして見つかるものじゃないんだって。

だそうで、(笑)
やはり、ある程度の制約の中に身を置いて生じるズレの中に
個性はあるようです。

制約や他の意識に合わせきれないズレに蓋をせず
しっかり向き合って大切に守っていきたいものです。

 

高天麗舟

魂と芸術

9月開始の【実践のための手相講座】ですが、
大変たいっへん有り難いことに
現在3名の方から申込み希望いただいております。
精一杯頑張ります!
(引き続き募集中、よろしくお願いいたします)

さて4月に入って、どういうワケか
火葬、土葬、散骨…という話題ばかり耳にしまして
この年になって改めて
「肉体がなくなった後、魂はどうなるのか?」について
このポカポカ陽気だというのに(笑)、考えてしまいました。

以前生まれ変わらないように。というブログを書きましたが
最近考えが変わったというか、改めて考えるのが
生まれ変わりはなさそうだな…ということです。

あと、子どもが親を選んでくる…という説も
障害児を授かった私としては大変慰められましたが、
よくよく考えるとちょっとムリがあるかなと。

輪廻転生や前世といわれているものも、
結局はこの世で人間が考えたり研究したりしたものだから
人間の想像の範囲内でしかなく、現世の領域を出てはいません。

人体についてさえもまだ解明されていないのだから
あの世のことなんて誰にも結論は出せないんだろうなぁ~
と思う今日この頃です。

ただ人の縁など、偶然だけでは片づけられない
この世の領域を超えた何かの存在があるのは感じます。
(これを信じていないと特に卜術は占えない)

そして、これも私の想像でしかないのですが
肉体と違って魂というのは、
焼いても埋めても撒いても終わりようがないような…

じゃ残された魂って、今生きている人のどの要素なのか?
恐らくあの世では地位も名誉もお金も欲も無用でしょうし…
と考えると、
欲から解放され、あざとさも抜けた芯?核?質?
とにかくいちばん純粋な部分でしょうか。

もし守護が存在するなら、
純粋にその人を支える存在かもしれません。

「あの世の魂」などと聞くと、
私などは勝手に崇高な存在だと想像してしまうのですが
これも今まで見聞きして固まった観念かもしれず、
『人間-肉体=魂』:肉体がないだけの存在とすると
今の私の中にも存在するもので、
肉体がなくなった場合の魂は、欲はないけど崇高でもない
結構身近な存在のような気がしてきました。(笑)

師である野尻泰煌先生はいつも
「芸術というのは純粋感情を遊ばせるものだよ」
とおっしゃっているのですが、今回魂について考えてみて
その言葉の本当の意味を理解できました。

書きたいものを書きたいままに
湧き出す感情に従って形づくるのみ。

といっても、
その“書きたいもの”に教養や技術が含まれているので
思いつきで書くのとはワケが違うのですが(笑)、

この純粋さがあるから、評論家や審査員の評価や
世間ウケなど意に介さず活動ができるのでしょう。

というか、そもそも人の眼を気にして作品を作っていたら
作家の魂でもある感動の元が伝わりません。

自分の“書きたいもの”が、より高いものとなるよう
日々を純粋に生きていきたいものです。

 

高天麗舟



今日は絵を描いてました。
さて、どうなることやら。

 

四柱推命 手相 方位学 易