もう箸も使えなくていいという考え


我が娘には染色体異常があり、心身の発達が遅いのですが、

最近、心から思い知ったことがひとつあります。

「子供はただ愛して可愛がるだけでいい」ということです。

先日この話を障がい児施設で仲良くなった母友に話したら

「でも、身辺自立くらいはしてもらわないと

困るのは本人だから、やっぱり叩き込んでおかないと…」

といった言葉が返ってきました。

しかし、今の私は

別に一生スプーンで食事でも構わないと思ってしまっており、

腎臓が悪いせいか、娘は未だに布団に地図を描くのですが、

それでも構わない…というか、しょうがないと思えるようになりました。

私も以前は、娘の身辺自立に躍起になっていました。

母友の気持ちはよくわかりますし、間違っていないと思っています。

しかし、疲れました。怒り疲れたのも含まれます。(苦笑)

何にそんなに怒っていたのかと申しますと、

娘が私の指示に従えないことと、

なんでそんなにできないのかとイライラすることに、です。

よくよく考えてみれば、私と娘は別の人間で、

私の価値観が娘に合うとは限らないわけです。

本人がお箸を使うことに魅力を感じなければ、

どうにもならないと思ったのです。

指示に従わないことでイライラするのだったら

指示しなければいいじゃないか、と諦めたのです。

今年に入ったあたりから、

娘がカンシャクを起してもあまり気にならなくなりました。

なんてったって、もう疲れておりますので。(笑)

最近は「ラッスンゴレライ」とテキトーに返事をしてスルーしています。

ですが、人間いきなり変われるか?と言われたら、変われません。

先日、忙しい時に娘がカンシャクをおこし、

つい、その手に乗ってしまい(苦笑)、

私もカンシャクで返してしまいました。

すると娘が小さな声で、私にこう言いました。

「…ラッスンゴレライ」

根付いている!!(笑) 成果が出た!!(笑)

イヤな空気が吹っ飛びました。

ドライな私なりに娘を可愛がる日が続くと、

不思議と娘が積極的に身支度をするようになり、

少しですが、自分で考えて行動できるようになってきました。

あぁ、これが答えだな、と思いました。

人間は、変えることができない。
だから、こちらで変わるしかない。

それをいちばん地道に、くじけずに、教えてくれる存在が、

子供なのだと感じています。

 

高天麗舟